Fourth Dish感謝は巡り、想いを紡ぐ
感謝は巡り、想いを紡ぐ
廃棄されたガラスから生み出される美しい琉球ガラス。「THE HIRAMATSU HOTELS & RESORTS 宜野座」でも、旅の思い出としてガラス作家の稲嶺盛吉さん・盛一郎さん親子による作品が人気です。しかしいま、その原料となる廃棄ガラスが減少しているといいます。総支配人の橋本は今回、地域資源の負担軽減を目指してホテルで廃棄される水や炭酸水のボトルを使ったオリジナルのグラスやお皿を注文しました。伝統文化への理解を深めるとともに、地域の課題解決はホテルの存在意義を改めて認識する機会となりました。橋本の想いを受けて総料理長の木下が用意した一皿とともに、アップサイクルな取り組みをご紹介します。
伝統工芸の本質を脅かす危機
「戦後の厳しい暮らしの中で、父はガラス作りを模索していました」と話すのは、琉球稲嶺ガラスの稲嶺 盛一郎(いなみね せいいちろう)さん。現代の名工にも選ばれた父、盛吉(せいきち)さんの立ちあげた「宙吹ガラス工房 虹」と、その意思を受け継いだガラス作家です。不純物が混入している廃瓶を再生したガラスはどうしても気泡が入ってしまいます。その特性に目を付けた盛吉さんは、泡だらけの作品を生み出して一躍注目を集めました。あの象徴的な気泡は、廃瓶だからこそ生まれた表情だったのです。戦後の資源不足を背景に、廃瓶を活用するという暮らしの工夫から生まれた琉球ガラスですが、現在は別の理由で原料となる空き瓶が不足しています。その理由のひとつが、コロナ禍で飲食店の稼働が低下したことによる酒瓶の枯渇です。「瓶が廃棄されないからといって、真新しいガラス素材を買っても私の作品とはいえない。琉球ガラスの原点を忘れることになってしまう」と、盛一郎さんは危機感を感じます。
「仕事はいやいややらなくて良い。楽しまなくちゃ!」と盛一郎さん。/活気に満ちた工房。なかはとにかく暑い。/「ガラスは難しい素材。だから手間と暇を惜しまない」/「宙吹き」によって自在に美しいフォルムを描く。/伝統的な窯では、紙を投げ入れて火が付くまでの時間で温度を測る。
地域を消費するだけでなく、
一助になりたい
その話を聞いた総支配人の橋本 和貴(はしもと かずき)は「ホテルで廃棄されるガラスを素材に、オリジナルの器やグラスを作ることはできないか」と、相談します。
「もともとホテルのお土産としても稲嶺さんの作品は人気があります。しかし、それらの原材料がどこから来たのかを考えると、この地域の資源に他なりません。この場所でホテルを運営している立場としては、食材でもエネルギーでも頂くだけの一方通行の関係ではなく、なにか提供できるものがないかと考えていたのです。幸い、レストランではミネラルウォーターのボトルが大量に出ます。もともと外国のガラスを素材にはじまったルーツがあるのであれば、これらのボトルも新しい琉球ガラスの未来に繋がるのではないか。稲嶺さんの創作活動に新しい可能性や選択肢を提供できるのではないか。稲嶺さんの役に立てばという想いで提案してみたところ、“やってみよう”と快諾して頂きました。ホテルのなかを飛び出して、少しでも地域に資源を循環させることができれば嬉しいです」
ホテルが地域にポジティブな影響を与える素晴らしい機会となった。/美しいものを生み出す、優しい取り組みだ。
感謝の気持ちと優しさが循環する
同じ規格で提供しやすいボトルは、イタリア製の「サンペレグリノスパークリングウォーター」と、ミネラルウォーターの「アクアパンナ」でした。サンプルを作っていくなかで、盛一郎さんは日本の瓶とは感触が違うことに気付きます。
「珪砂(けいさ)やソーダ灰、石灰など、基本的な成分は同じはずなのですが、少し粘り気が強い感じがしますね。他のガラスと混ぜると割れてしまって、膨張率も違うようです。これは意外な発見でした。強い粘性を活かしながら、どんな形にしようかどんどんアイデアが出てきます。綺麗なグリーンの濃淡を見ていると、捨てられてしまうものなのになんて綺麗な色なのだろうと思いましたよ。どんな料理を盛り付けるかシェフとも相談させてもらい、濃淡を活かした表情のある器を提案したんです。器の真ん中にHIRAMATSU HOTELSのロゴを入れて、食べた後に気付いた人だけがわかる仕掛けです。グラスなどは必ず自分で使ってみて、水の流れとか口当たりを確認するのですが、今回の取り組みでもっと料理についても勉強したいと思いましたね。どんなものが使いやすく、料理が映えるのか、シェフの視点にとても興味が湧きました。お客様が飲み終わったボトルから私が器を作る。その器にシェフが料理を盛り付けて、お客様が食事を愉しむ。この器を通していろんな人に感謝の気持ちが届くことを願っています」
「37年やっているが、まだ一度も“完璧”はない」と、その姿勢はストイック。/できたばかりの試作品は、光を包み込んだような美しい輝き。/器と料理の関係について話す木下シェフと盛一郎さん。/構想から一年を経て、さまざまな想いが込められた。
ひとさらの文脈
今回、稲嶺さんの工房を訪れてうずたかく積まれている瓶の数に驚きました。それでも近年はリサイクルの技術も進み、廃瓶自体が少なくなっているといいます。知恵と工夫で使い始めた廃瓶は、いまや琉球ガラスのアイデンティティになっているのです。「ホテルの廃瓶でオリジナルの作品を作ることで、新しい接点が生まれるのがおもしろい」と、盛一郎さんは話します。取材当日も、偶然ホテルに宿泊していたゲストが工房に訪れて、橋本総支配人や稲嶺さんとおしゃべりしていました。サステイナブルな取り組みとなるとつい肩に力が入ってしまいがちですが、今回のプロジェクトではそれぞれの想いと立場、そして地域課題が密接に関わった等身大の循環を感じることができました。料理が盛り付けられた器は鮮やかなコントラストを描きながら、未来を優しく照らしているようです。
読むひらまつ。編集部 飯田健太郎