京の食を編む 小雪
京の食を編む 小雪
京の食を編む 小雪

京の食を編む小雪

Fifth Dish松の葉が舞う京の冬

松の葉が舞う京の冬

山の錦も散り、寒さが本格的になってくると恋しくなるのが蟹料理。湯気に包まれた真っ赤な身は、なんとも華やかな気分にさせてくれます。日本ではさまざまな種類の蟹が漁獲されていますが、味わいや大きさなどにそれぞれ特徴があります。とりわけ人気の「ずわい蟹」には各地の地方名があり、水揚げされた漁港によってブランドが分けられるなど、日本人の蟹への親しみとこだわりを感じさせます。今回は「THE HIRAMATSU 京都」の料理人と間人(たいざ)漁港にお邪魔して、蟹の水揚げから競りまで冬の熱い一日に迫りました。

蟹は冬の風物詩

万葉集にも登場し、冬の季語としても使われる蟹。毛蟹など、一年を通して食べられる種類もいる一方で、冬の風物詩といえばやっぱり「ずわい蟹」という食通も多いようです。「グリシン」や「アルギニン」というアミノ酸が多く含まれているため身が甘く、こってりとした蟹味噌や雌の卵巣などは日本酒の肴としても人気。北海道をはじめ、鳥取や京都、福井などでは水揚げされる漁港ごとに細かくブランド化され、各地の冬を彩ります。水深約300mの海底に生息する蟹を獲れるようになったのは、安土桃山時代といわれています。網に重りを付けて海底に沈める底曳き漁の原型が若狭湾で開発され、江戸時代には福井県の特産品として「越前蟹」の名前が書面に登場しました。
「ずわい蟹」は現在、毎年11月に漁が解禁されてから翌年の3月までの5ヶ月間しか漁獲することができません。雄の漁獲サイズは甲羅の大きさが9cm以上など、育成状況に関する取り決めも厳しく定められています。また、子供を産む雌の漁は1月20日まで可能ですが、京都ではさらに短い12月までと独自のルールを設定することで資源管理に力を入れています。

蟹は冬の風物詩
蟹は冬の風物詩
蟹は冬の風物詩
蟹は冬の風物詩
穏やかな日本海。美しい海は「丹後ブルー」と呼ばれる。
冬の海は荒れる日も多く、漁に出られる穏やかな日は貴重だ。
出荷を待つ獲れたての蟹。冬の味覚の王様だ。
各地の漁場で水揚げされ、全国へ出荷されていく。

幻のずわい蟹「間人ガニ」

「松葉蟹(雄)」や「香箱蟹(雌)」など、呼び方が変わるのも「ずわい蟹」の特徴で、松葉蟹にいたっては更に地域や漁港ごとにブランドが異なります。兵庫の津居山港で獲れる「津居山(ついやま)蟹」、島根県の隠岐諸島で獲れる「隠岐(おき)松葉蟹」、鳥取県では「鳥取松葉蟹」と呼ばれています。これらは各地で厳しい選別基準が設けられ、それぞれに色つきのタグを付けることでブランドとしての品質を保証しています。なかでも幻の蟹と呼ばれるのが、京都の丹後半島にある間人(たいざ)漁港で水揚げされる「間人ガニ」。その理由は漁場からの近さと港の規模による鮮度にあるようです。間人漁港は蟹の漁場まで30kmと最も近いため海上で停泊する必要がなく、獲れた蟹はその日に競りにかけられます。港もコンパクトで仲買人との距離も近いため、検品が終わった蟹はすぐに出荷されていきます。

幻のずわい蟹「間人ガニ」

幻のずわい蟹「間人ガニ」

幻のずわい蟹「間人ガニ」

幻のずわい蟹「間人ガニ」

筒井料理長と話す眞﨑料理長。互いに食材に対する興味は尽きない。/競りを待つ蟹は、漁師自らが船上で選別を行ったもの。/競り人による厳しいチェックが行われる。表情は真剣そのもの。/次々と出荷されていく間人ガニ。

新鮮な蟹を届けたい!

「THE HIRAMATSU 京都」のふたりの料理長、筒井 崇海 (つつい たかうみ)、眞﨑 将平(まさき しょうへい)と間人漁港へお邪魔して、5隻しか操業されない底曳網(そこびきあみ)漁船のひとつ、蓬莱丸(ほうらいまる)の船主、池田 実(いけだ みのる)さんにお話を伺いました。

「私は三代目で、もう40年近く漁師をしていますが、いまでも蟹漁が解禁される11月になると緊張してきますね。蟹は群れで動くのでうまくポイントに当たれば良いのですが、こればっかりは漁に出てみないとわからない。しかも近年は異常気象が続くので、これまで磨いてきた勘と経験だけが頼りです。それでも、漁場が近いという間人漁港のメリットを活かして、鮮度のいい蟹をお届けしたいと思います。全国で料理人が腕を奮ってくれ、お客さんが美味しいと喜んでくれたら嬉しいですね」

さらに、間人漁港で100年の歴史を持つ平七水産株式会社の取締役、吉田 雅(よしだ まさし)さんにもお話を伺いました。

「弊社は間人漁港で水揚げされた海産物を新鮮なままお客様にお届けする仲買人の会社です。間人ガニが幻の蟹と呼ばれるのは、抜群の鮮度にあります。海底300mからお客様のもとまで、最短でお届けできるのがこの小さな港の特徴ではないでしょうか。漁師さんが一生懸命獲ってきてくれた蟹をしっかり検品するのもわたしたちの仕事です。間人ブランドを守るため、身の詰まり具合やサイズ、キズや色、形の善し悪し、成長の度合いなどを丁寧に見極めます。準備が整ったら、“活き”は少しでも新鮮なうちに出荷します。茹で蟹は真水ですぐに締めて、大きな鍋で一気に茹で上げます。真っ赤な身体に巻き付けられた緑のタグは、この港で働くみんなの誇りですね」

新鮮な蟹を届けたい!

新鮮な蟹を届けたい!

新鮮な蟹を届けたい!

新鮮な蟹を届けたい!

池田さんはこの道40年のベテラン。「茹で蟹が一番」と笑顔を見せる。/競り前の忙しい合間を縫って取材に応じてくれた吉田さん。/粛々と競りの準備がすすめられ、緊張感が高まる。/緑のタグの表には「京都」、裏には「たいざガニ」と「船名」が刻まれている。

素材に技を添えるだけでいい

漁師たちの熱い想いを受けて、冬のひと皿を仕立てるのは「割烹 いずみ」の料理長、眞﨑 将平です。

「佐賀県で生まれ、祖父が家の畑で育てた野菜と母の手料理で育ちました。子供の頃は絵描きか料理人になりたかったのですが、高校では調理科へ進学しました。就職先に何も伝手などなかったので、自分で嵐山にある『京都吉兆』に電話して働かせてもらえたのは幸運だったと思います。9年ほど修業した後、祇園の割烹や中国などへも行きましたが、いつでも“料理で遊ぶな”と教えられた日本料理の基本を大切にしています。旬の物をパッと器に盛る清々しさや、素材の良さを引き出すことに集中するのが自分の料理だと思っています。『割烹 いずみ』では、魚料理で勝負していきたいですね。肉なら鴨肉や猪などのジビエもうまく取り入れながら、旬のダイナミズムを感じていただける日本料理をお届けします。地元では蟹といえば渡り蟹だったので、間人ガニの甘さと鮮度にはビックリしました。考え得るベストな状態で届く蟹だと思うので、コースの流れに華を添える逸品に仕立てたいと思います」

蟹は冬の風物詩
「料理を求めてホテルに来てくれるゲストを増やしたい」
食材を汚さない手際の良さは見事。食材を汚さない手際の良さは見事。
先ほどまで生きていた蟹は甲羅が透き通っている。先ほどまで生きていた蟹は甲羅が透き通っている。
カウンターに出汁の香りが漂ってくると、つい喉が鳴る。カウンターに出汁の香りが漂ってくると、つい喉が鳴る。
湯気に包まれた純白の身が美しい。湯気に包まれた純白の身が美しい。
  • 食材を汚さない手際の良さは見事。
  • 先ほどまで生きていた蟹は甲羅が透き通っている。
  • カウンターに出汁の香りが漂ってくると、つい喉が鳴る。
  • カウンターに出汁の香りが漂ってくると、つい喉が鳴る。

間人ガニのしゃぶしゃぶ

この日は、間人漁港であがった「間人ガニ」を使いコースを仕立てた特別仕様。「あまり身を汚さないように、丁寧に手際よく」と、眞﨑は届いたばかりの間人ガニを鮮やかな手つきで捌きます。「蟹に合う器を探して“うつわ阿閑堂(あかんどう)”のご主人に相談していたのですが、奥から出てきたのがこのお皿。荒々しい日本海のような表情が蟹に合いそうで気に入りました」という器は、唐津の中川自然坊窯によるもの。ゴツゴツとしたモノクロの世界に食材が映える器で、眞﨑の料理観にとても似合っていました。松の葉になぞらえて添えた「ヒカゲカズラ(立桂)」が蟹の鮮やかな赤を引き立て、冬のひとときを華やかに盛り上げます。コースからご紹介するひと品は「しゃぶしゃぶ」。昆布と鰹のお出汁に椎茸と初物のセリを合わせます。シンプルだからこそ楽しめる新鮮な蟹の甘みと、ふわふわの繊維が煮麺のような喉ごしに思わず声を失いました。蟹味噌を加えると磯の香りと塩みが加わり、京都の冬を楽しむのにこれ以上ない組み合わせです。

冬の豊かな恵みが鮮やかに彩りを添える。冬の豊かな恵みが鮮やかに彩りを添える。
炭火で香ばしく焼かれ、脂がきらきら輝く氷見産の寒鰤。炭火で香ばしく焼かれ、脂がきらきら輝く氷見産の寒鰤。
ダイナミックに寒鰤を盛り込んだ一杯。ダイナミックに寒鰤を盛り込んだ一杯。
芳醇な香りや脂の旨味に冬の喜びを感じる。芳醇な香りや脂の旨味に冬の喜びを感じる。
  • 冬の豊かな恵みが鮮やかに彩りを添える。
  • 炭火で香ばしく焼かれ、脂がきらきら輝く氷見産の寒鰤。
  • ダイナミックに寒鰤を盛り込んだ一杯。
  • 芳醇な香りや脂の旨味に冬の喜びを感じる。

寒鰤と九条ネギの炊き込みご飯

そして、もうひと品は炊き込みご飯。米は丹波コシヒカリを使い、九条ネギと冬の根菜を散りばめます。「丹波コシヒカリはお出汁を吸うと艶が増すので、炊き込みご飯にはよく合います。近郷野菜の小蕪と金時人参で食感と色味に変化をつけて、炊き上がりに氷見の寒鰤を盛り込みました」。冬になると脂がのってくる寒鰤は備長炭でじっくりと火を入れ、脂の甘みを楽しむためにあえて背中側を使って軽めに仕上げるのが眞﨑流。「おかずじゃないので、塩もほとんど振らずに炊き込みご飯としての一体感を楽しんでもらえれば」と出された一杯は、まず芳醇な香りと見事な色彩が食欲をそそります。お出汁を吸ってジューシーになった小蕪と、人参のホクホクとした甘みが冬らしい味覚を楽しませてくれます。炭火の香ばしさとゆずの香りの爽やかさがよく合い、食後は心地よい満足感に包まれます。「コースが終わった時に、料理全体を思い出して浸れるように逆算しているつもりです。料理で遊ばず、もてなしで遊ぶ。京都の冬を楽しんで頂ければ嬉しいです」。

ひとさらの文脈

ひとさらの文脈

眞﨑料理長の料理は盛り付けなどの造形と、食材や器の色彩感覚が特徴的でした。その印象を伝えると「絵描きの方が良かったかな」と笑いますが、コース全体を通した構図がしっかりしているため、ひと皿の輪郭が立ってくる感じがするのです。蟹料理というと蟹がメインになってしまいがちですが、旬の味を盛り込んだコース仕立てで頂くことで、蟹の甘さや華やかな旨味が巧みに引き出されていました。また、間人漁港の漁師や仲買人をはじめ、京都府が独自に取り組む蟹の保全や保護の施策など、「新鮮な蟹を届けたい!」という関係者の熱い想いに触れたことで、贅沢な冬の恵みが一層鮮やかになったように感じます。春が来るまでのひととき、松の葉が舞う京の冬を堪能したいと思います。

<取材協力>
京都府農林水産部水産課、京丹後市農林水産部海業水産課、京都府漁協丹後支所

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また、特別プランとして「間人ガニ」のご用意も承っております(※)。詳しくはお問い合わせください。

※天候により仕入れができない場合がございます。
※時価にて別途、追加料金がかかります。
※2025年2月28日まで

読むひらまつ。編集部 飯田健太郎

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〜京の食を編む〜

その土地の生産者と交わり、風土を理解し、食材に向き合うことで一皿の魅力を最大限に引き出すひらまつの料理人たち。なかでも京都は多彩な料理人の腕を堪能できる場所です。

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