春分
Fourth Dish春はたけのこ。
春はたけのこ。
少しずつ寒さも和らぎ、ようやく訪れる春に胸が高鳴ります。桜が満開の京都の山々には、新たな生命が芽吹きはじめていました。春といえばたけのこ。「THE HIRAMATSU 京都」の料理人たちは最高の一本を求めて大原野のたけのこ農園「京都義の(よしの)」にお邪魔しました。丁寧な手作業によって大切に育てられた「義の筍(よしのだけ)」は、柔らかな歯ごたえと豊かな風味が特徴です。明け方に収穫されたばかりの美しい筍をふんだんに使った一皿は、みずみずしい春の息吹に満ちていました。
白く柔らかい“白子”を生む幻の土
京筍の歴史は1200年とも伝えられていますが、現在国内に流通している筍の90%は中国産で、京都産の筍となると全体の1%にも満たないそうです。どの筍も孟宗竹という品種でありながら、なぜ京都の筍は美味しく、また希少なのでしょうか。その秘密を株式会社「京都義の」の代表取締役、能瀬 義弘さんに伺いました。
「この大原野の一部地域では、“幻の土”と呼ばれる白い粘土質の土壌が特徴です。“テンコ”というのですが、牡蠣の殻などに含まれる炭酸カルシウムが主成分で、ミネラルや栄養分が豊富なため筍の栽培に適しています。うちの農地は約9000坪ですが、ほとんどがこの土でできているため白く柔らかい筍が育ちます。でも、土壌が良いだけでは駄目で、一年を通じて手をかけてやる必要があります。夏は雑草の駆除、秋はお米の収穫を終えたら藁(わら)を竹林全体に敷いて回ります。冬は斜面から土を削って藁の上にかぶせて、毎年軟らかい土を新しく作っていくんです。このミルフィーユ状の土壌こそがわたしたちの育てている筍の美味しさの秘密です。筍は空気に触れることで堅くなり、光に当たることで黒くなりますが、うちの筍は粘り気の強い土壌を押し分けて成長するため、なかなか穂先を地上に出すことができません。地中に長くとどまっているぶん日光や空気に触れずに成長するので、真っ白で柔らかい“白子”が育つのです」
自慢の竹林で筍の秘密について話す能瀬さん。/「幻の土」と呼ばれる“テンコ”は、光が当たると本当に白く輝く。/まだ土の中の筍を傷つけずに収穫する道具、「堀(ホリ)」の説明を受ける筒井。/掘り出した筍は「そのままでも食べられる」と嬉しそうだ。
七代にわたって守られてきた竹林
しかし、生産者は年々減少し、「義の」でも100本に1本しか収穫できない「白子」などもどんどん希少な存在になっているようです。そこには、京都特有のこだわりと、苦労がありました。白く美しい筍を守り抜く想いに触れました。
「うちは150年以上にわたって竹林を育ててきました。代々名前に“義”の字を授かり、私で7代目になります。子供の頃から竹林で遊ぶのが当たり前で、学生の頃には山ひとつ任せてもらっていたんです。自分の小遣いを自分で稼ぐという心づもりもありましたが、手をかけただけ綺麗な筍が育つ醍醐味も感じていました。でも、それだけなら筍農家は減っていきませんよね。藁と土を重ねる土作りは京都特有のものですが、重労働なのは間違いないです。しかも、一度放置したら最後、復活させるのは大変です。うちでは農薬や肥料も使わず、多くの人に協力してもらいながらすべての行程を手作業で行っています。春の収穫期は夜明けから作業を始めて休憩も取らずに掘り続けます。その数は数週間で6万本、重さにして約30トンです。子供の頃は春が来ると毎年家族総出で過酷な日々がはじまるという覚悟をしていました。最近は収穫の時期が早まったので、去年、生まれて初めてゴールデンウィークにバーベキューをしましたよ(笑)。息子が8代目になるかはわかりませんが、大変さと同時に筍を育てる面白さも伝えていくつもりです」
筒井もホリを使って筍掘りに挑戦するものの、地下茎を探るのに難儀する。/掘りたての筍は香りがみずみずしい。/企業に勤めながら筍を育て、30歳で「京都義の」を継いだ。/「義の筍」たちは、朝収穫してその日のうちに出荷される。/守り、受け継がれ、大切に育てられる伝統と情熱。
ひとさらの文脈
今回ご案内頂いた「株式会社ミナト」の皆さんも、「この時期の筍農家さんの奮闘ぶりを料理人に紹介できて嬉しい」と話すように、収穫の時期が来たらスピードが命。まさに竹の旬という文字通りの早さで成長する筍を手早く、大切に掘り出します。能瀬さんは「一本掘るのに10秒もかからない」と話していましたが、体験した筒井によれば「とても無理」とのこと。まだ夜も明けきらないうちから、筍が土を持ち上げるわずかなひび割れを見つけて鮮やかに掘り起こす。そのわずかな土の変化を見逃さないために、大切な山には家族でさえ立ち入れないといいます。こうした日々のサイクル、季節のリズムを繰り返すこと150年。堀りたてで頂く新鮮な春の恵みの向こう側に、悠久の伝統とそれを伝える守護者の想いを垣間見た気がします。春の陽気に包まれた京都は、久しぶりの賑わいを見せていました。
読むひらまつ。編集部 飯田健太郎