First Dish土地の根に触れ、もてなしの花が咲く
土地の根に触れ、
もてなしの花が咲く
浅間山の南側に位置する長野県御代田町。軽井沢に隣接した静かな避暑地として、近年は都市部からの移住者も多く、清らかな水と豊かな緑は縄文の時代から多くの人々を惹きつけてきました。「THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田」は、大自然を舞台にした美食家たちの理想郷。食事だけでなく、滞在のすべてを一篇のコースに見立てたサービスが魅力です。「農家や生産者の皆さんと同じく、料理人にとっても冬は芽吹く前の学びの時期」と考えているシェフたちはこの冬、総支配人と連れ立って長野に根付いた伝統工芸の作り手を訪ねました。信州の冬は一見閉ざされているように感じますが、春に備えてその根はゆっくり、しっかりと伸びているようです。
伝統に触れ、学ぶ。
「以前からシェフたちが『食材も良いけれど、長野の伝統工芸も見学してみたい』と話していたんです。長野県庁の方との縁もあり、今回アレンジして頂きました」と、目的地へ向かう車内で今回の経緯について話してくれたのは
「THE HIRAMATSU 軽井沢 御代田」の矢野 洋介総支配人。雪深く、寒さの厳しい信州地方の冬は、昔から農業の傍らで豊かな暮らしを育んできました。植物や鉱物などの豊富な天然資源から生活に役立つさまざまな道具や家具が生み出され、現代までその技は伝えられています。今回は、長野県の農林水産物や伝統工芸品などの情報発信を実施する長野県営業本部の皆さんと一緒に、伝統工芸の最前線を視察させていただきました。もう一台の車で現地へ向かうのは、本館1階のフランス料理「Le Grand Lys(ル・グラン・リス)」で総料理長を務める柳原 章央シェフと、本館5階のイタリア料理「La Lumière Claire(ラ・ルミエール・クレール)」で料理長を務める前田 祐介シェフ。彼らの料理にどのようなインスピレーションをもたらすのでしょうか。
その土地固有の文化に根差した密度の濃い時間に、三人の表情も真剣そのもの。
街道文化のもてなしを
凝縮した組子細工
続いて訪れたのは、中央自動車道の「駒ヶ根インターチェンジ」からすぐの宮田村にある「三浦木工」です。伊那街道の宿場町として参勤交代で江戸へ向かう飯田藩主を迎え、豊かな穀倉地帯として栄えました。農業や製糸工場とともに発展したのが、旅館や料亭などの和風建築に不可欠な建具の技術「組子細工(くみこざいく)」。代表取締役の三浦 敏夫さんによれば、「組子細工は日本人の美意識と国民性が凝縮されたアート」だといいます。事実、2019年にフランスのパリで開催された世界最高峰のインテリア・デザイン関連見本市「メゾン・エ・オブジェ」に出展され、大きな反響を得ました。
「現存する世界最古の木造建築物として有名な法隆寺にも見られる組子細工は、接着剤を使わずに木材を組み合わせて模様を作る立体パズルのような技術です。まっすぐに伸びる杉や檜を細くひき割り、溝を掘ったり穴を開けたり、ほぞ加工を施してパーツを作っていきます。木の加工にはカンナやノコギリ、ノミ等を使い、細かく調節しながら組み合わせるので、ぴったりと決まったときは気持ちいいですね。伝統的な模様は200種類以上あると言われていて、麻や桜などの植物、雲や波などの自然現象を室内に取り込んでいたんです。うちでは宮田産の原材料などを使用して、ローカルの魅力を突き詰めた組子細工をグローバルに展開しています。最近では海外のお客さんも面白がってオーダーをいただく機会も増えました。お殿様をもてなしていた日本文化の粋を感じてもらえたら嬉しいですね」
凜と冷えたすがすがしい空気に美しい山並みが映える。/温和ながらも職人の芯を感じさせる三浦さん。/気が遠くなるほど細かく、正確さの要求される技。/組子のパズルに夢中になり、「お客様にも楽しんでもらおう」と盛り上がる。/三浦さんのご自宅に施された美しい組子。日本の伝統美に息をのむ。
ひとさらの文脈
「何も咲かない寒い日は下へ下への根を伸ばせ。やがて大きな花が咲く」。この言葉が注目を集めたのは、2000年のシドニーオリンピックで高橋 尚子選手が日本女子陸上界初の金メダルを獲得した際のエピソードではないでしょうか。高校時代の恩師、中澤正仁監督から贈られ、中澤氏もまた、大学時代の監督からこの言葉を贈られたというたすきのような金言です。今回の取材も、きっかけはシェフたちや総支配人が「収穫の終わった秋から冬にかけて、せっかくだし食材以外の長野の魅力を掘り下げよう」とはじまったもの。それぞれの土地に根付いた様々な文化に興味深く関心を寄せている姿が実に楽しそうで、「この人たちは本当に人を喜ばせることが好きなんだな」と、なんとも微笑ましく映りました。こうした密度の濃い経験を重ねることで、その土地にしか咲くことのない大輪の花となってゲストを楽しませるのでしょう。季節が巡るごとに、訪れるのが楽しみになる体験でした。
読むひらまつ。編集部 飯田健太郎